(第8回 院長通信)私の研究その4

がん転移を阻止する新しい治療法の開発

 再びVASH2に戻りますが、発見したVASH2は様々ながんで発現亢進しており、その発現を阻害することで、肝がん、卵巣がん、肺がん、乳がん、大腸がん、胃がん、そして最も悪性で難治性の膵がんにおいても、がんの進展が顕著に抑制されましたので、VASH2を分子標的とした治療法の開発へと研究を進めました。

 いくつかの異なる手法を用いて治療法の開発を行い、抗体を用いてVASH2の作用をブロックするもの(抗体医薬)、核酸を用いてがん細胞でのVASH2の発現を阻止するもの(核酸医薬)、低分子化合物を用いてがん細胞内でVASH2を分解・失活させるもの(低分子医薬)といった複数の有望な手段を得ています。しかし、これらから実際に薬を創出するには、製薬会社が主体となり、何段階にもわたる長い行程を必要としますが、1つだけ簡便で比較的短期間での実用化が可能だと考えているものがあります。

 それは、ワクチンの手法を用いて患者さん自身にVASH2に対する抗体を作って貰うというものです。VASH2は355個のアミノ酸で構成されています。そこで、この355個のアミノ酸配列の中に、抗体産生のためB細胞に結合できる配列があるか否かを検討し、B細胞結合配列の可能性が高い領域を2ヶ所特定しました。次に、それら2つの配列を用いてペプチドワクチンを作成し、ワクチン接種による抗腫瘍効果の有無を検討しましたところ、それらのうちの1つで肺がん細胞を用いた実験での転移抑制効果を確認しました。そこで、さらに膵がんの同所移植モデルを用いて検討したところ、抗体価の上昇に応じて膵がんの転移が有意に抑制されることが実証されたのです。

 以上、自ら発見したVASH2についての研究から、がん治療における分子標的としてのVASH2の有用性を提唱していましたところ、最も悪性の膵がんにおいてVASH2を高発現している患者では術後の生存期間が顕著に短縮するという臨床観察の結果を得ました。そこで、効果的な治療法が希求されている膵がんでのこの結果に注目し、早期に転移することで有名な膵がんとVASH2との密接な関係を明らかにすることができました。さらに、VASH2の分子標的療法を開発したところ、治療効果は極めて有望であり、その1つであるVASH2ペプチドワクチンにおいても接種後の抗体価の上昇に応じて、膵がんにおいてもその転移を有意に抑制できることが実証されたのです。